横浜ぶらり歴史探訪 第一回 浦舟水道橋+α

ちまちまと、横浜の歴史的建造物を徘徊している夜百合です
横浜は、都市化するまではただの寒村だったのですが、黒船来航以後
急速な発展を遂げることになります

時期としては、幕末~大正の間でしょうか
一度大正で区切ったのは、大正12年9月1日関東大震災により、横浜の建物のほとんどが
崩れ去り、そこから再建築されたので分けました

つまり、横浜の建物の大半は、それ以後の物になります
倒壊数的には東京より遙かに多く、東京の被害の大多数は焼失だったのとは差があります

そこで、横浜の復旧へと私財をなげうって尽力した三溪園の原富太郎などがいます

ところで、横浜には大岡川と言う、みなとみらいへと注ぐ大きな河川がありますが
この川の大体、南太田~日ノ出町の間にかかる橋の多くは昭和3年竣功となってます
そしてそこには復興局の文字が
この昭和3年製の橋は横浜駅の橋にも見られるもので、関東大震災時に倒壊したであろう橋の
復興だと思われるものですが、なぜ昭和3年という若干のブランクがあいたものなのか興味が尽きません
おいおい調べていきたいとオモイマス

さて、プロローグが長くなりましたが、第一回目は浦舟水道橋です
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由来とかは、おおざっぱに言うと、明治26年竣功
下流にあったものを、高速通すために邪魔になったのでいまの箇所へ移設ってとこでしょうか
あと、現存する最古のピン構造トラス橋だとか
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ピン構造

橋の真ん中から
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んで、近くに廃墟的なものが
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うろうろ撮影してたら、その建物に車を入れようとするおじさんが!!

というわけでお話を伺ってみると、ここのすぐ近くに市民病院があるんだけど
明治時代その病院機関の一部で、色々な病理検査とかの研究をする施設だったようで
いまは、倉庫として使われているみたい

内部は床も穴が開きかけてて危ない状態らしい
なんでもTVや映画で何回かロケ地に使われてるそうです
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非常に廃墟心擽られる建物だけど、真横に警察の分庁舎が建っててそれはよく見える位置なので・・・

ぶっちゃけメインの橋より写真撮ったきがするけどキニシナイ
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by clear-sky-of-star | 2012-05-23 23:50 | 横浜ぶらり歴史探訪